「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」)に反対する会長声明
第1 はじめに
国際観光産業振興議員連盟(通称「IR議連」)に属する有志の国会議員によって,「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(いわゆる「カジノ解禁推進法案」,以下「本法案」という。)が,昨年の臨時国会に提出された。
本年の通常国会では継続審議となり,IR議連は,今臨時国会での成立を目指している状況にある。
第2 法案の概要
本法案は,刑法第185条及び第186条で処罰の対象とされている「賭博」に該当するカジノについて,一定の条件の下に設置を認めるために必要な措置を講じるとするものである。
しかし,本法案には,以下に述べるような多くの問題点があり,国会においても,与野党を問わず慎重な意見が根強く存する。
第3 本法案の問題点
- 暴力団対策,マネー・ローンダリング対策上の問題
暴力団排除条例の全都道府県での施行等によって,暴力団の資金源は逼迫しつつある。そこで,暴力団が,資金獲得のため,カジノへの関与に強い意欲を持つことは容易に想定される。
例えば,カジノ利用者をターゲットとしたヤミ金融,カジノ利用を制限された者を対象とした闇カジノの運営,VIP顧客送客に伴う紹介料徴収等,カジノ事業周辺領域での活動に参入し,資金を獲得する可能性がある。
暴力団が関与することで,襲撃やけん銃発砲等の威力が行使され,カジノの従業員や利用客に被害が及ぶ危険性もある。
カジノの健全な運営を確保するためには,カジノ入場者からの暴力団排除も不可避であるが,暴力団の潜在化傾向に鑑みれば,入口でどこまでチェックできるのか疑問も残る。
また,我が国も加盟している,マネー・ローンダリング対策・テロ資金供与対策の政府間会合であるFATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)の勧告において,カジノ事業者はマネー・ローンダリングに利用されるおそれの高い非金融業者として指定されている。仮に,カジノ事業者に対し,「犯罪による収益の移転の防止に関する法律」に基づく取引時確認,記録の作成・保存,疑わしい取引の届出を求めたとしても,マネー・ローンダリングを完全に防ぐことができるとは考えられない。
- 多重債務者・ギャンブル依存症の増大
カジノ解禁により予想される弊害の中でも,多重債務者・ギャンブル依存症の増大は特に深刻である。
2010年(平成22年)6月の改正貸金業法の完全施行及び近時の政府等による多重債務者対策の拡充により,近年多重債務者は激減し,その結果として破産等の経済的に破綻する者や,経済的理由で自殺する者も大きく減少した(平成26年版自殺対策白書)。
しかし,カジノが解禁されれば,賭け金を捻出するために前述したヤミ金融から借入をするなど,経済的に破綻する者が増えることは容易に想像でき,多重債務問題の再燃が大きく懸念されるところである。経済的に破綻する者が増加すれば,経済的理由による自殺者や犯罪の増加など,本人のみならず,その家族・友人・無関係の第三者にも深刻な影響を及ぼすことからすると,社会に及ぼす損失は非常に大きい。
また,日本には,既にパチンコ・競馬・競輪・競艇などのギャンブルが存在し,本年8月20日に発表された厚生労働省研究班の調査によれば,日本国内でギャンブル依存症の疑いがある者は,男性8.7%,女性1.8%とされ(推定536万人),諸外国が1%前後に過ぎない中で,有症率は世界的にみても極めて高い。この調査結果からしても,日本において,ギャンブル依存症が深刻な社会問題であることは明らかであ る。
その一方で,現在の日本では,治療施設や相談機関の設置,社会的認知への取組みなど,ギャンブル依存症に対する治療体制や予防施策が不十分な状況である。
以上のような 状況下でカジノを解禁した場合,ギャンブル依存症のさらなる拡大を招くおそれが極めて大きい 。
- 青少年の健全育成への悪影響
本法案で想定されているカジノ施設は,宿泊施設や飲食施設,物品販売施設,エンターテイメント施設等と一体となって設置され複合的観光施設とされ,「統合型リゾート(IR)」と呼ばれるものである。
IRでは,様々な施設がカジノと一体となっており,カジノそのものに青少年が入場することができないとしても,青少年が家族や友人と一緒に出かける先にカジノが存在するという環境になる。
こうした環境では,青少年の賭博に対する抵抗感が喪失してしまうおそれがあり,青少年の健全育成という観点からも大きな問題がある。
- 経済効果への疑問
本法案の立法目的には,経済の活性化が掲げられている。
しかし,経済効果については,プラス面のみが喧伝され,マイナス面の客観的な検証はほとんどなされていない。
暴力団対策,マネー・ローンダリング対策,多重債務者やギャンブル依存症患者の救済などに要する社会的コストの発生も考慮すると,これを上回る経済効果が発生するかは甚だ疑問である。実際,韓国,米国等では,カジノ設置自治体において,人口が減少したり,多額の損失を被ったという調査結果も存在する。
仮に経済効果があったとしても,それにより地域経済がカジノ依存体質に陥れば,弊害を押さえ込むためにカジノ規制が必要となった場合でも,自治体財政を脅かす行為として忌避されてしまいかねない。
第4 結語
以上のとおり,本法案には,多くの問題点があり,防止及び排除の具体策が何ら示されていないばかりか,それらの問題点の中には,一旦カジノが解禁されてしまえば防止及び排除が極めて困難なものも存する。したがって,現在刑法上禁止されているカジノを合法化するような正当な理由はなく,本法案を容認することはできない。
IR議連は,与野党を問わず慎重な意見が根強く存することを踏まえ,日本人の利用に資格要件を設ける規定を盛り込む修正を行う方向である旨が報道されているが,仮にそのような限定を付したとしても,多重債務者・ギャンブル依存症の増大を含め,上記の問題点が払拭されるわけではない。
よって,当会としては,本法案に強く反対し,その廃案を求める。
2014年(平成26年) 11月4日
山形県弁護士会
会 長 峯田 典明