2019年(令和元年)12月17日,山形地方裁判所は,東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「本件原発事故」という。)に対する損害賠償請求訴訟(以下「本件訴訟」という。)の判決(以下「本判決」という。)を言い渡した。
本件原発事故では,福島県内やその周辺地域の多数の住民が避難を余儀なくされ,山形県には最大で約1万4000名が避難していた。山形県の発表によれば,2019年(令和元年)12月5日時点でも,1751名が避難生活を継続している。
このような現状があるにもかかわらず,本判決は,全ての原告について,原子力損害賠償紛争審査会が策定した中間指針が定める金額を越える慰謝料を認めなかった。全国各地で提起されている同様の訴訟において,全ての原告についてこのような判断をした裁判所は他にない。
当会では,2014年(平成26年)3月11日に,福島県弁護士会,新潟県弁護士会と共同で,「原発事故被害者に寄り添い、支援を続けていくことの共同宣言」を発出しているが,この宣言では「福島県内への滞在、福島県外への避難、避難先からの帰還、避難先での定住のいずれの選択も、被害者である福島県民にとっては苦渋の決断であり、福島原発事故がなければ自然豊かな故郷で安心して暮らし、かかる苦渋の選択をする必要もなかったものである。」と指摘している。本判決には,このような被害者の心情や今なお被害者のおかれている困難な状況を理解し、被害者に寄り添うという視点が全く欠けており,被害者救済の観点を切り捨てた大変不当なものであると言わざるを得ない。
また,本件訴訟の原告の9割以上は,いわゆる区域外避難者である。
当会では,2015年(平成27年)6月18日に,「原発事故による避難者に対する住宅無償提供終了に反対する会長声明」を発出しているが,これは区域外避難者に対する住宅無償提供終了が「避難する権利」の侵害であり許されないと指摘したものであった。本判決には,このような住宅無償提供終了により更に大きな負担を受けることになった区域外避難者に対する配慮が一切感じられないことも重大な問題である。
さらに,本判決は,本件原発事故に対する国の責任を認めなかった。
1992年(平成4年)のいわゆる伊方原発訴訟最高裁判決が「原子炉施設の安全性が確保されないときは,当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命,身体に重大な危害を及ぼし,周辺の環境を放射能によって汚染するなど,深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ,右災害が万が一にも起こらないようにする」ための規制権限行使が必要と判示していることや,また,2006年(平成18年)9月に改訂された原子力発電所耐震設計審査指針が「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても,施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがない」ことを求めていることなどに鑑みても,敷地高を超える津波が予見できたのであれば,少なくとも原子力事業者に対して,想定される津波が襲来した際のシミュレーションなどを行わせることはできたはずであり,それがなされていれば,最低限の津波対策を行わせることも可能であったはずであるから,本件原発事故のような過酷事故は生じなかった可能性が高い。
このように,予見可能性があったことを認めながら,国の責任を否定するのは,結果として,国が最小限の対策を講ずることの検討すらせず放置したことを免責することとなり,大いに疑問がある。何より,本件原発事故のような悲惨な事故が二度と発生しないように国の責任に関する判断を求めた被害者の方々の思いに全く応えていないという点で極めて残念である。
当会は,本判決を受け,あらためて,国及び東京電力が事故惹起に係る責任を自ら認め,全ての被害者に十分な賠償を行うとともに,被害者の生活の質を回復させるための環境回復・健康被害予防・生活支援等の様々な施策をこれまで以上に実施することを強く求めるものである。
2019年(令和元年)12月24日
山形県弁護士会
会長 脇山 拓