本日,日本国憲法施行から73年目の憲法記念日を迎えた。
日本国憲法は,公権力の暴走によって個人の尊厳が蹂躙され,先の戦争の惨禍がもたらされたことへの痛切な反省を踏まえ制定された。その根底には,憲法により公権力の恣意的な行使を制限し,個人の自由と権利を保障するという,立憲主義の理念がある。
日本国憲法の下,主権者である私たち国民は,公権力の活動が恣意に陥ることのないよう絶えず監視しながら,戦争をすることなく,すべての個人が尊重される社会の構築を目指してきた。日本社会が戦後70有余年の長きにわたって,平和と安定の下で持続してきたのは,まさに,営々と積み重ねてきた国民すべての「不断の努力」(日本国憲法12条)の賜物である。
現在,私たちは,新型コロナウイルスの感染拡大と社会経済活動の停滞という未曾有の試練の中にある。
もとより,緊急事態の中で,政府・地方公共団体が市民の生命と健康を守るため,感染拡大阻止に向け,相応の根拠に基づいて適切かつ迅速な措置を講じることが要請される。しかし,危機であるからこそ,いま一度日本国憲法の根底にある立憲主義の理念に立ち帰り,公権力の活動が,恣意に陥ることがないか,公正・平等を欠くことがないか,それによって個人の尊厳が脅かされる危険が生じないかどうかを慎重に見極めなければならない。
政府対策本部長である安倍晋三内閣総理大臣は,本年4月7日,改正後の新型インフルエンザ等対策特別措置法(改正法)32条1項に基づき,新型インフルエンザ等緊急事態宣言(緊急事態宣言)をするに至った。
しかし,同法については、2012年3月22日付け日本弁護士連合会「新型インフルエンザ等対策特別措置法案に反対する会長声明」のとおり,感染拡大を阻止するため必要な措置であるかどうかについて科学的根拠が十分に示されないまま,極めて抽象的な法律要件に基づき,強制力や強い拘束力を伴う広汎な人権制限規定(検疫のための病院・宿泊施設等の強制使用,臨時医療施設開設のための土地の強制使用,特定物資の収用・保管命令,医療関係者に対する医療等を行うべきことの指示,指定公共機関に対する総合調整に基づく措置の実施の指示,多数の者が利用する施設の使用制限等の指示,緊急物資等の運送・配送の指示等。)が設けられたため,種々の人権に過度の制約が加えられるおそれが指摘されていた。
緊急事態宣言とその後の人権制限規定の適用が厳格になされるべきことは,論を俟たない。政策決定過程の公正を期し,個人の人権への制約を最小限に止めなければならない。そのため,科学的根拠に基づく専門的知見を尊重しつつ,政策決定の過程を国民にできるだけ説明して,平時以上に手続の透明化を図るべきである。
また,公文書管理においては,新型コロナウイルスの感染拡大につき,行政文書の管理に関するガイドラインに規定する歴史的緊急事態に該当する旨の閣議了解がなされ,これにより,政府の会議等について一定の記録作成が義務付けられることとなった。しかし,記録作成義務は,平時から当然に認められるものであって,緊急事態においてのみ認められるようなものではない。政策の決定又は了解を行う会議かどうかに関わりなく記録の保存に努め,後世の検証に堪えられるよう配慮すべきである。
さらに,政府は,衆議院において,内閣に検察官人事への介入を許す国家公務員法等の一部を改正する法律案など,重要法案の審議入りを強行した。加えて,政権与党内部においては,新型コロナウイルス感染症を契機として,緊急事態における国会機能の確保等をテーマに,衆議院憲法審査会の再開を目指す動きすら生じている。しかし,このような傾向は,熟議の余裕がなく,国民のコンセンサスが十全に得られない中で,憲法に拘束されるべき公権力が行政判断のみで国のあり方を根本から変えてしまおうとするものに他ならない。
当会は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とする弁護士の団体として,国民のみなさんからの法律相談のご希望に対応し,新型コロナウイルスの感染拡大に起因する様々な法律問題の解決を含めて,国民のみなさんへの支援へ,積極的に取り組んで参る所存である。
よって,当会は,憲法記念日を迎えるにあたって,日本国憲法における立憲主義の理念の重要性を改めて確認し,公権力である関係各機関に対し,緊急事態を理由として,熟議を経ずに国のあり方を変えたり,個人の人権が過度に制限されたりすることのないよう求めるものである。
また,私たち弁護士は,人権擁護に努め,使命を果たすことにより,市民のみなさんと共に,現下の試練を乗り越える決意であることを表明する。
2020(令和2)年5月3日
山形県弁護士会
会長 阿 部 定 治