重要土地等調査規制法の制定に抗議し、同法の速やかな廃止を求める会長声明
「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律」(重要土地等調査規制法。以下「本法」という。)は、本年6月16日に参議院本会議で可決され、成立した。
本法は、閣議決定した基本方針に基づいて、内閣総理大臣が重要施設の敷地の周囲おおむね1000メートルや国境離島等の区域内に「注視区域」や「特別注視区域」を指定して、その区域内にある土地及び建物(以下「土地等」という。)の利用に関して、調査や規制等をすることができ、その調査や規制等に応じない者には刑罰を科すとするものである。
しかしながら、本法には、次のとおり、憲法上重大な問題がある。
- ① 本法における「重要施設」の中には、自衛隊等の施設以外にも生活関連施設が含まれているが、その指定は政令に委ねられている。しかも、生活関連施設として指定するための要件は、当該施設の「機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがあると認められる」ことという曖昧なものであり、この要件の恣意的な解釈によって広範な指定がなされるおそれがある。
- ② 本法では、内閣総理大臣は、地方公共団体の長等に対し、注視区域内の土地等の利用者等に関する「政令で定める」情報の提供を求めることができるとされている。
そのため、政府は、注視区域内の土地等の利用者等の思想・良心や表現行為に関わる情報も含めて、本人の知らないうちに取得することが可能になり、思想・良心の自由(憲法19条)、表現の自由(憲法21条1項)、プライバシー権(憲法13条)などを侵害する危険性がある。
- ③ 本法では、内閣総理大臣は、注視区域内の土地等の利用者等に対しては、当該土地等の利用に関する報告や資料の提出を求めることができ、注視区域内の土地等の利用者等が当該土地等の利用に関する報告や資料の提出を拒否した場合には、罰金を科すことができるとされている。
求められる報告や資料に関しては何らの制限もないから、政府は、政令で定めれば、注視区域内の土地等の利用者等の思想・良心や表現行為に関わる情報も含めて、刑罰による威嚇の下、広範な個人情報を取得することが可能となり、思想・良心の自由(憲法19条)、表現の自由(憲法21条1項)、プライバシー権(憲法13条)などを侵害する危険性がある。
- ④ 本法では、注視区域内の土地等の利用者が自らの土地等を重要施設等の「機能を阻害する行為」に供し又は供する明らかなおそれがあると内閣総理大臣が認めるときは、勧告及び命令により当該土地等の利用を制限することができ、これに従わない場合には刑罰が科されることになっている。
しかし、「機能を阻害する行為」や「供する明らかなおそれ」というような曖昧な要件の下で利用を制限し、刑罰を科すことは、注視区域内の土地等の利用者の財産権(憲法29条1項)を侵害する危険性や罪刑法定主義(憲法31条)違反の疑いがある。
- ⑤ 本法では、特別注視区域内の一定面積以上の土地等の売買等契約について、内閣総理大臣への届出を義務付け、違反者には刑罰を科すものとされているが、これも過度の規制による財産権の侵害につながるおそれがある。
このように、本法は、思想・良心の自由、表現の自由、プライバシー権、財産権などの人権を侵害し、個人の尊厳を脅かす危険性を有するとともに、曖昧な要件の下で刑罰を科すことから罪刑法定主義に反するおそれがあるものである。
山形県においても、陸上自衛隊神町駐屯地や酒田海上保安部といった、「重要施設」に含まれる自衛隊の施設や海上保安庁の施設が存在し、また、「重要施設」の「生活関連施設」として発電所、水道施設、空港施設、鉄道施設等の主要なインフラ施設が該当するおそれがあるため、本法によって多くの県民が政府による監視の対象となり、基本的人権が侵害される危険性がある。
なお、本法は、自衛隊や米軍基地等の周辺の土地を外国資本が取得してその機能を阻害すること等の防止を目的とするとされているが、これまで、そのような土地取得等により重要施設の機能が阻害された事実がないことは政府も認めており、そもそも本法の必要性の根拠となる事実の存在についても疑問がある。
以上のように、本法は、国民の人権を侵害する大きな危険性を有しているにもかかわらず、国会において十分な審議がされないまま採決に至っており、本法は内容面のみならず、手続の慎重さという点においても大きな問題がある。
よって、当会は、法の支配の徹底と基本的人権の尊重を求める立場から、様々な基本的人権を侵害するおそれが極めて大きい本法の成立に抗議し、速やかな廃止を求める。
令和3年(2021年)7月13日
山形県弁護士会
会長 田 中 暁