本日、日本国憲法が施行されてから満76年となる憲法記念日を迎えた。憲法記念日に当たり、当会が取り組むべき憲法に関わる問題と当会の決意を次のとおり表明する。
〔平和への願い〕
昨年2月にロシア連邦がウクライナに軍事侵攻を開始して1年が経過したが、戦争は未だ継続しており、ウクライナの民間人死傷者数は国連人権高等弁務官事務所によれば本年2月15日時点で8006人にのぼっている。我々は、ひとたび戦争が始まるとその終結が容易でなく、被害を受けるのは多数の市民であり、国土が荒廃するという現実を目の当たりにしている。当会は昨年3月に「ロシア連邦のウクライナ侵略を非難する会長声明」を発し、ロシア連邦に対し、今般のウクライナへの軍事侵攻による侵略を強く非難するとともに、直ちに撤兵して武力の行使を止めるよう求め、また、日本政府に対しては日本国憲法の精神に則って平和的な手段により、これまでの軍事侵攻によって生じた被害の回復に向けた支援に取り組み、かつ、戦争に反対する国際世論と連帯して、国際秩序の回復に全力を注ぐよう求めたところであるが、その思いは現在も変わっていない。
〔緊急事態条項の創設について〕
現在、我が国では、国家有事に備えて、国会憲法審査会で憲法に緊急事態条項を創設すべきとの議論がなされている。緊急事態条項は、戦争、内乱、大規模な自然災害等、平時の統治機構では対処できない非常事態において、国家秩序維持のため、立憲的な憲法秩序である人権保障及び権力分立を一時停止する非常措置をとる権限、いわゆる国家緊急権を行政に認めるものである。
しかし、非常事態における例外的措置であるとはいえ、行政府に権力が集中し強化され、その濫用のおそれがある。それにより重大な人権侵害を生む危険があり、国家秩序維持のために立憲主義及び民主主義を根底から覆すものである。憲法に緊急事態条項を創設する必要があるか、国民に丁寧に説明し、慎重な議論が必要である。
〔国家防衛のありかたについて〕
政府は、昨年12月16日、新たな国家安全保障戦略、国家防衛戦略及び防衛力整備計画を閣議決定し、他国の領域内にあるミサイル発射手段等を攻撃するためのいわゆる敵基地攻撃能力や、更には、攻撃対象を敵基地以外の指揮統制機能等に拡大することになりかねない、いわゆる反撃能力の保有を進めようとしている。
敵基地攻撃能力ないし反撃能力を保有することは、周辺諸国の軍備増強を招き、際限なき軍備拡張競争につながる危険がある。また、個別的自衛権の行使であれ、集団的自衛権の行使であれ、他国の領域を直接攻撃する敵基地攻撃能力ないし反撃能力がひとたび行使されれば、他国の報復を招き、武力行使の応酬の結果、国民の多大な犠牲と広範な国土の荒廃をもたらしかねない。
この閣議決定は、北朝鮮の核・ミサイル保有問題に関連して自衛隊法を改正した2005年においても、また、当会が違憲性を主張してきた集団的自衛権の行使を容認する安保法制を制定した2015年においても、その当時において敵基地攻撃を目的とした装備は保有しておらず、個別的・集団的自衛権の行使として敵基地攻撃を行うことは想定していないとしてきた政府見解を大きく転換するものであり、これまで積み上げてきた憲法9条の解釈を逸脱している懸念がある。すなわち、憲法9条のもと、戦力の保持を禁じられ、自衛権の発動は、日本に対する外国からの武力攻撃の排除のために必要な最小限度のものに限られ、他国の領域における武力の行使は基本的に許されないとする原則であるところ、上記閣議決定により他国の領域にある敵基地等に直接的な脅威を与える攻撃的兵器の保有することは「戦力」の保持に該当し、他国の領域内にある敵基地を攻撃することが自衛権の発動要件を逸脱し、憲法9条に違反する疑いがある。
〔放送事業者の表現の自由について〕
近時、放送法の解釈変更の問題点が報道されていた。2015年、時の総務大臣が、一つの番組のみでも、国論を二分するような政治課題について、放送事業者が一方の政治的見解を取り上げず、殊更に、他の政治的見解のみを取り上げて、それを支持する内容を相当な時間に渡り繰り返す番組を放送した場合においては、一般論として政治的に公平であるとは認められないとの解釈を示した。放送法4条では放送事業者は番組編集にあたり「政治的公平であること」が求められており、「政治的公平」とは「政治的な問題を取り扱う放送番組の編集に当たっては、不偏不党の立場から特定の政治的見解に偏ることなく、放送番組全体としてバランスのとれたものであること」であり、一つの番組ではなく、放送事業者の番組全体を見て判断するというのが従来の政府解釈であったところ、放送事業者の番組全体を見て判断するとしてきたものを、一つの番組で判断するというのは、補充的説明の域を超えていて、放送法の根幹に関わるものであり、法改正が必要となる問題である。
積み重ねられた憲法の解釈や法律の根幹に関わる解釈を、時の政権が恣意的に変更してはならず、憲法改正(憲法96条)や国会での法改正(憲法41条)の手続を適正に踏まなければならない。これにより憲法の保障する国民主権が担保されることを忘れてはならない。
〔結び〕
以上のとおり、我々は憲法に関わる重大な問題に直面している。当会は、憲法記念日を迎えるにあたり、基本的人権の擁護を使命とする弁護士の団体として、改めて日本国憲法の理念と基本原理の意義、特に国民主権、憲法9条や恒久平和主義の意義を確認する活動に取り組んで行く決意であることを表明するものである。
2023年(令和5年)5月3日
山形県弁護士会
会長 粕 谷 真 生