再審法の速やかな改正を求める決議
決議の趣旨
当会は、えん罪被害者の実効的かつ迅速な救済を可能とするため、現在の再審制度の問題点を踏まえ、国に対し、現行刑事訴訟法第4編及び関連諸規定につき、以下の内容を中心とした法改正を速やかに行うよう求める。
1 再審請求手続における証拠開示を制度化すること
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止すること
3 再審請求手続における諸規定を整備すること
2023(令和5)年8月24日
山 形 県 弁 護 士 会
提案理由
- 第1 はじめに
- 1 再審は、誤った有罪判決で無実の罪を着せられているえん罪被害者を救済するために、一定の要件の下に裁判のやり直しを認める制度である。再審の手続を定めた法律のことを「再審法」と呼んでおり、具体的には刑事訴訟法「第四編 再審」及び関連諸規定がこれに該当する。
現行刑事訴訟法は、憲法39条の趣旨に基づき、有罪判決を受けた者の利益のためにのみ再審を許し(同法435条)、旧刑事訴訟法で認められていたその者の不利益となる再審を認めていない。
このように、再審は、もっぱらえん罪被害者救済のための制度と位置付けられており、かつ、再審は、誤った有罪判決を受けた者を救済するための唯一の手段である。
- 2 しかしながら、現行刑事訴訟法では、再審手続に関する規定は、旧刑事訴訟法(大正11年成立)からその内容を引き継いだ19か条(同法435条ないし453条)しかなく、とりわけ再審請求手続における審理のあり方については、第445条において、事実の取調べを受命裁判官又は受託裁判官によって行うことができる旨が定められているだけで、裁判所の広範な裁量に委ねられている。そのため、再審請求事件の審理の進め方は、事件を担当する裁判所によって区々であり、えん罪被害者の救済に向けて積極的に活動する裁判所がある一方で、何らの事実取調べも証拠開示に向けた訴訟指揮もしない裁判所もある。裁判所ごとの訴訟指揮に大きな差が生じている事態は、「再審格差」と呼ばれており、再審法の不備は看過できない状態に至っている。
さらに、再審開始決定に対する検察官の不服申立てにより、再審を開始するか否かの判断が確定するまでに長い年月を要する事例が見られ、えん罪被害者の早期救済が妨げられる事案が発生しており、これを速やかに是正する必要性が高い。
- 3 このような状況を克服し、実効的かつ迅速なえん罪被害者の救済を実現するためには、以下に述べるように、十分な証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、これらを含む再審法の諸規定の整備が必要不可欠である。
- 第2 証拠開示の制度化
- 1 近年、再審において無罪判決が確定した布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件、松橋事件では、通常審段階から存在していた証拠が再審請求手続又はその準備段階において新たに開示され、それらの証拠が確定判決の有罪認定を動揺させることとなった。また、係属中の事件ではあるが、袴田事件、大崎事件、日野町事件、福井女子中学生殺人事件においても、再審請求手続における証拠開示が再審開始決定に大きく寄与している。
このように、えん罪被害者の救済という再審の理念を実現するためには、通常審段階において公判に提出されなかった証拠を再審請求人に利用させることが極めて重要である。
- 2 通常審においては、平成16年及び平成28年の刑事訴訟法改正により、公判前整理手続に付された事件に限り、一定の証拠開示及び証拠一覧表の開示制度が法制化されている。しかし、現行刑事訴訟法には、再審における証拠開示について定めた明文の規定は存在せず、裁判所の訴訟指揮に基づいて証拠開示が行われている。再審については、証拠開示の基準や手続が明確でなく、全てが裁判所の裁量に委ねられていることから、裁判所の積極的な訴訟指揮によって重要かつ大量の証拠開示が実現した事件がある一方、訴訟指揮の行使に極めて消極的な態度をとる裁判所もあるなど、裁判所によって大きな格差が生じている。全ての再審請求人に公平であるべき再審手続において、裁判所によって大きな格差が生じているという事態は、速やかに是正されなければならない。
このように、再審における証拠開示については、全ての裁判所において統一的な運用が図られるよう、その法制化が急務である。
- 3 この問題に関しては、平成28年の刑事訴訟法改正の時にも問題点が指摘され、法制化には至らなかったものの、附則第9条3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示・・・について検討を行うものとする。」と規定された。しかし、その後約7年が経過した現在においても、再審における証拠開示については法制化の目途が立っていない状況にあることから、当会としては、改めてその実現を強く求める。
- 第3 再審開始決定に対する検察官不服申立ての禁止
- 1 再審開始決定に対する検察官の不服申立て(即時抗告、特別抗告)も看過できない問題である。
再審開始決定に対する検察官の不服申立てが、えん罪被害者の速やかな救済を阻害するという問題については、かねてより指摘されてきた。近年では、布川事件、松橋事件、大崎事件、湖東事件において、再審開始を認める即時抗告審の決定に対して、検察官が最高裁判所に特別抗告を行っており、とりわけ、大崎事件では、再審請求審の再審開始決定及びこれを維持した即時抗告審の決定がいずれも取り消される事態が生じている。また、袴田事件では、平成26年に静岡地方裁判所で再審開始決定が出されたものの、その後検察官が即時抗告を行ったことにより審理が長期化し、結局、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持した東京高等裁判所決定が確定するまで、約9年もの年月を要した。
検察官による不服申立てにより審理が長期化し、その間、再審請求人やその親族等が死亡したり、高齢化したりする事例も見られ、このような事態は到底容認されるべきものではない。
このように、再審開始決定に対する検察官の不服申立てにより、再審開始決定が確定せず、えん罪被害者の救済が長期化しており、その弊害は顕著である。
- 2 現行の再審法は、不利益再審を許さず、えん罪被害救済のみを目的とする制度である。したがって、再審請求手続においては、検察官は有罪判断を求める訴追者としての地位を有さず、検察官の関与は、適正な再審請求手続の進行を図るために政策的に認められたものにすぎない。
他方で、再審手続は、再審請求に対する審理手続である再審請求手続と再審開始決定確定後の公判手続である再審公判手続の2つの手続から成り立つ二段階構造をとっており、検察官は、再審公判において通常審と同様に有罪の主張立証をすることが認められているのであるから、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを認める必要性はない。
- 3 現行再審法の原型となったドイツ刑事訴訟法においても、1964年の法改正により、再審開始決定に対する検察官の不服申立ては禁止されており、その他、フランス、イギリスといった諸外国でも再審開始決定に対する検察官の不服申立ては禁止されている。
- 4 えん罪被害者の救済のみを目的とする再審制度において、再審開始決定に対する検察官の不服申立てを禁止しなければ、速やかなえん罪救済を実現することは不可能である。
- 第4 再審請求手続における諸規定の整備
- 1 現行刑事訴訟法は、日本国憲法の制定を踏まえて、旧刑事訴訟法から改正された法律である。しかし、現行刑事訴訟法のうち、再審に関する規定は、旧刑事訴訟法で認められていた不利益再審を禁止した以外は、旧法の規定がほとんどそのまま現行法に引き継がれ、その後、約70年以上も改正されることなく、現在に至っている。
現行刑事訴訟法に19か条しかない再審に関する条文には、再審請求の審理方法も再審請求人の権利も明確に規定されておらず、えん罪被害者の救済のための制度としての機能を果たしているとは到底認められない。
- 2 再審制度が、実効的なえん罪被害救済の制度として十分な機能を果たすためには、公平な審理・判断がなされることが担保される必要があり、そのためには、進行協議期日設定の義務化、事実取調請求権の保障、過去に当該事件に関与した裁判官の除斥及び忌避事由の明文化、重要な手続の公開などといった再審請求手続に関する規定を速やかに整備する必要がある。
- 第5 結語
- 以上のとおり、我が国の再審制度は、えん罪被害者の救済の制度としてその機能を十分に果たしているとはいえず、その改善は急務である。
よって、当会は、上記のとおり、国に対し、再審法の速やかな改正を求めるものである。
以 上