改めて個人通報制度の早期導入及び政府から独立した人権機関の速やかな設置を強く求める決議
当会は、政府及び国会に対し、改めて、日本において国際人権法が求める水準の人権保障を達するため、個人通報制度の早期導入及び政府から独立した人権機関の速やかな設置を強く求めると共に、今後、市民及び有識者との対話、制度のありかたについての考究、国及び地方公共団体への政策提言など組織的取組を強化して、両制度を実現するために全力で取り組むことを決議する。
2025(令和7)年2月28日
山 形 県 弁 護 士 会
提 案 理 由
- 1 はじめに
- 昨年(2024年)5月、国際連合人権理事会の「ビジネスと人権」ワーキンググループ作業部会が日本につき調査報告書を公表した。同調査報告書は、日本の人権状況及び政府から独立した人権機関がないことによって国際基準の人権救済に障害が生じていることに懸念を示し、日本政府に対し、いわゆるパリ原則に則した政府から独立した人権機関の設立を求める勧告をした。
また、昨年10月には国際連合女性差別撤廃委員会(Convention on the Elimination of Discrimination against Women [CEDAW])が日本における女性差別撤廃条約の実施状況の審査を経て、日本政府に対する勧告を含む総括所見を公表した。同勧告においては、日本政府に対し、選択的夫婦別姓の導入を始め、幅広い分野での改善を求めた。加えて、個人通報制度を定める女性差別撤廃条約の選択議定書(既に、同条約の締約国189か国の内115か国が批准しているもの。)について、日本も早期に批准するよう促している。
国際社会では、第二次世界大戦の惨禍を経た結果、国境を越えた人権保障が世界平和の根幹をなすものと考えられている。国際連合の目的において人権及び基本的自由の尊重が明記され(国際連合憲章1条)、その後まもなく総会において世界人権宣言が採択されたのは、その理念の顕れである。その後、自由権規約、社会権規約をはじめとする多くの人権条約が締結され、国際人権法と呼ばれる国際規範が形成されてきた。日本も、自由権規約、社会権規約、女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、障害者権利条約、拷問等禁止条約、人種差別撤廃条約、強制失踪条約といった人権諸条約を批准しており、これらの条約においては、多元的な人権のカタログ(実体規定)が用意されている。こうした国際人権法の求める水準(国際人権水準)は、様々な人権上の問題を機に国際社会において日々議論され、アップデートされ続けている。
他方、日本における人権保障は、裁判手続による事後救済を中心とし、かつ、国内法の解釈適用を中心とするものである。迅速かつ実効的な救済のための準司法的制度が構築されておらず、また、紛争解決のため国際人権水準が参照されることも少ないのが現状である。
これに関し、当会は、去る2011年2月開催の定時総会において「各人権条約に基づく個人通報制度の早期導入及びパリ原則に準拠した政府から独立した国内人権機関の設置を求める決議」を採択した。しかし、その後も国会の議論は進展せず、政府の再三にわたる弁明にかかわらず、国際人権水準の人権保障が制度的に担保されたとは言い難い。
よって、当会は、日本において、国際人権水準の人権保障を実現するため、個人通報制度を早期に導入し、かつ、パリ原則に準拠し政府から独立した人権機関を速やかに設置することが不可欠であると考え、改めて本決議をするに至った。
- 2 個人通報制度
- ⑴ 個人通報制度とは、条約上の人権を侵害された個人が、国内において裁判等の手続をすべて尽くしてもなお救済を得られない場合に、人権諸条約所定の条約機関(例:自由権規約の場合、自由権規約委員会)に対して直接通報し、その審査を求める制度である。
日本も締約国となっている人権諸条約においては、条約本体の規定又は条約に附随する選択議定書で、人権のカタログ(実体規定)についての履行確保手段の一として、個人通報制度の定めを設けている。
- ⑵ 個人通報を受けた条約機関は、受理可能性審査(国内救済手続が尽くされたか等の形式審査)及び本案審査(条約上の人権侵害の有無についての実体審査)を行った上、条約上の人権侵害の事実を認めると、締約国に対し「見解(Views)」を提示する。見解自体には法的拘束力がないが、締約国は、見解を権威ある解釈として尊重し、所要の措置を講じること(確保)を求められる。
- ⑶ 個人通報制度は、人権侵害を受けた個人で国内救済の途を閉ざされた者にとっては、国際人権水準に則った見解による救済の方途を拓くものである。また、条約機関の見解は、締約国の行政府・立法府に対し向けられるだけでなく、司法府に対しても国際人権水準の権威ある条約解釈の先例法理を示すものであって、締約国における人権を巡る法の解釈適用、ひいては法の支配のありかたに大きな影響を与えるものとなる。
- ⑷ 個人通報制度を導入するには、個人通報制度を定める条項の受諾宣言や選択議定書を批准すれば足りる。
しかし、日本は、自らが締約国となった人権諸条約において、個人通報制度を定める条項の受諾宣言や選択議定書の批准をまったくしておらず、個人通報制度を一切導入していない。このように何らの個人通報制度を有しない国は、現在、G7サミット参加国においては日本のみで、また、 OECD(経済協力開発機構)加盟37か国においても日本とイスラエルに限られる。
日本政府は、前記1のCEDAW勧告に至る前にも、さまざまな条約機関から個人通報制度の導入を勧告されてきた。また、国連人権理事会の普遍的・定期的審査(いわゆるUPR)においても、日本は、多数の国から個人通報制度を導入するよう度々勧告を受けてきた。しかし、日本政府は、これらの勧告に対し、条約機関の見解が司法制度や立法政策に与える影響を検討しているなどと回答するに止まり、積極的に導入しようとはしていない。
その結果、日本においては、国際人権水準に照らし人権上の問題が生じても、裁判実務及び行政実務のいずれも、国内法の解釈適用を超えて国際人権法まで参照しようという意識が一般に希薄なままである。また、国内司法による救済の是非を国際人権水準に照らして吟味する機会も乏しい。個人通報制度の導入は、日本において、国際人権法の参照を促し、人権上の問題の発見とその改善に向け、一つのきっかけとなり得るものである。
- ⑸ このように、個人通報制度は、条約に定められた人権のカタログ(実体規定)を画餅にしないため不可欠な手段の一つであり、人権諸条約の締約国であれば導入を図るべきものである。
したがって、日本においても、個人通報制度を定める条項の受諾宣言や選択議定書の批准を行ってこれを速やかに導入し、国際人権水準の人権保障を実現しなければならない。
- 3 政府から独立した人権機関(国内人権機関)
- ⑴ 政府から独立した人権機関(国内人権機関)とは、裁判所とは別に、政府から独立した国家機関として国内に設置され、人権侵害からの簡易・迅速な救済を始め、国際人権水準に照らした人権保障を推進するための機関をいう。
各国で設立された機関の連合体として、国内人権機関世界連合(Global Alliance of National Human Rights Institutions [GANHRI])が存在し、2024年6月現在、イギリス、オーストラリア、大韓民国など計118か国で構成されている。
他方、日本には、政府から独立した人権機関は、まだ設置されていない。
- ⑵ 機関のありかたについて、1993年12月なされた国連総会決議「人権の促進及び擁護のための国内機関の地位に関する原則」(いわゆる「パリ原則」)は、政府の統制から独立し、社会の多様な人権課題を拾い上げるための制度的担保として、組織及び権限の根拠を憲法又は法律により定めること、組織構成における多元性、財政の独立性、構成員の地位の安定を保障すべきことを求める。
また、パリ原則は、機関が付与されるべき権能及び責務として、①人権救済(人権侵害の事実を(公的機関に対するものを含め)調査し、調停・勧告等の救済措置を採ることができる機関であること。)に加え、②国や地方自治体の機関に対する人権政策の提言、③社会における人権教育・啓発、④国内及び国外の他機関との協力などを掲げており、機関が人権問題につき様々な機能を担うことを想定している。
そして、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals [SDGs])の目標16「平和と公正をすべての人に」においても、実施手段に関するターゲット指標として、「パリ原則に準拠した独立した国内人権機関の有無」(16.a.1)が掲げられている。
- ⑶ ところで、人権救済に関し、日本では、裁判手続による事後の救済に目が向きがちである。しかし、裁判には多大な時間と費用を有し、迅速な予防・救済を図ることは難しいため、結果として、被害者の泣き寝入りを招くことに繋がりかねない。また、そもそも人権問題の中には、裁判による解決に馴染まない性質のものも存在する。さらに、裁判所は、個別の事案について司法権を発動するに留まり、人権政策提言(前記②)、人権教育・啓発(前記③)、他機関との協力(前記④)を行うことはない。
一方、日本においては、国家による裁判手続以外の人権救済の仕組みとして、人権擁護委員制度が存在する。これは、法務大臣の委嘱を受けた民間人の人権擁護委員が無報酬で、人権擁護活動を行うというものである。ただ、現状の人権擁護委員制度は、パリ原則の謳う政府からの独立性基準を充たすものではない上、担い手が必ずしも十分に確保できていない等、種々の問題を抱えている。
ほかにも、日本国内では、人権を保護し、あるいは人権状況を監視するための様々な民間団体が活動を続けており、当会もその一翼を担っている。とはいえ、迅速かつ実効的な予防・救済、人権問題への継続的な取組を図るためには、人的・物的・金銭的に見て、基礎が脆弱であると言わざるを得ない。
- ⑷ 日本においても、戦後、政府から独立した人権機関の設置に向け、複数回にわたって立法化の動きがなされ、議論が積み重ねられてきた。
古くは1954年、参議院において、野党議員がいわゆる逆コースを辿る政治社会情勢に抗すべく、人権委員会設置法案を提出したことがある。これは、法務省の外局として独立性のある人権委員会を設け、その下に人権擁護委員制度を置こうとする構想であったが、廃案となり頓挫した。
また、1998年、自由権規約委員会が日本政府に対し、人権侵害の申立てに対する調査のための独立した仕組みを設立することを強く勧告する旨の総括所見を発した。その後、人権擁護推進審議会の答申を受け、2002年には小泉純一郎内閣の下で、人権擁護法案が国会に提出された。もっとも、同法案は、対象となる人権侵害行為の範囲を限定する一方、マスメディアへの言論統制に繋がりかねない内容をも含むものであったため、批判を招き、審議未了のまま廃案となった。その後も政府与党・野党の双方が修正法案を検討したものの、いずれも成立には至らなかった。
2008年、国連人権理事会が政府から独立した人権機関の創設を勧告したところ、日本政府は、同勧告に対し「フォローアップすることを受け入れる」旨表明した。
そして、民主党政権下の2012年、人権委員会設置法案が国会に提出されたが、これも衆議院解散により審議に入る前に廃案となってしまい、現在に至っている。
- ⑸ 政府から独立した人権機関は、世界各国において、国際人権水準の確保のため重要な役割を担っている。
人権諸条約においては、締約国の報告制度が定められており、締約国には人権条約の履行状況につき条約機関への定期的な報告提出義務が課されている。政府から独立した人権機関は、条約機関の審査過程において、国際人権法に照らした政府報告書の独自評価、勧告案の提出、国内における合意形成や議論喚起、条約機関の審査結果である総括所見・勧告の広報等、様々な役割を担う。その結果、審査過程が透明化されることにより、政府報告書の信憑性が裏打ちされ、かつ、審査後においても条約の履行が確保される。
また、報告制度と個人通報制度とは、いずれも人権諸条約の履行確保手段として相互に補完し合うものである。両者によって積み重ねられた条約解釈の先例法理は、政府から独立した人権機関の活動においても、当然に参照される。
逆に、日本のように政府から独立した人権機関が設置されないままでは、国民は、政府報告書がどのような内容で、いかなるプロセスで作成されたか、事前に知ることはできない。その上、条約機関の審査結果である総括所見・勧告において、人権諸条約に照らして問題が指摘されても、何ら国内の制度改革や議論に反映されない。結局、人権課題が放置され、個人の人権保障が果たされないばかりか、統治機構が自浄作用を果たせずに機能不全に陥る。社会の持続可能性は、喪われるばかりである。
- ⑹ このように、日本においては、人権問題に継続的に取り組む国家機関として、政府から独立した人権機関を速やかに設置することが不可欠となっている。
機関の制度構築に当たっては、従来の立法における議論を参照しつつ、他国の制度をも比較・研究し、パリ原則の謳う政府からの独立性基準をどのように確保すべきか、既存の制度との関係をどのようにするか、人権諸条約の履行確保においていかなる役割を果たすべきか等につき、広く国民的な議論を経る必要がある。
- 4 諸団体の先行する取組
- 日本弁護士連合会は、個人通報制度の導入については1998年9月18日第41回人権擁護大会宣言を、また、政府から独立した人権機関の設置については2000年10月6日第43回人権擁護大会宣言を嚆矢として、繰り返し訴え続けてきた。そして、2019年10月4日第62回人権擁護大会において「個人通報制度の導入と国内人権機関の設置を求める決議」を採択している。
また、中国地方弁護士会連合会では、2024年10月25日に開催された第78回中国地方弁護士会大会において「人権の促進及び擁護のための国内機構の地位に関する原則(いわゆるパリ原則)に則った政府から独立した人権機関の早急な設置を求める決議」を採択した。
さらに、各地の弁護士会は、仙台弁護士会の2024年2月22日「国際水準に沿った人権保障を求める決議」のように、国際水準に沿った人権保障を達するため、個人通報制度を導入し、政府から独立した人権機関を設置することが急務であると訴え続けている。
先述のとおり、当会も、2011年2月25日開催の定時総会において「各人権条約に基づく個人通報制度の早期導入及びパリ原則に準拠した政府から独立した国内人権機関の設置を求める決議」を採択した。加えて近年では、2023年6月日本弁護士連合会の関係委員会から講師を招聘して学習会を行ったのを機に、2024年以降は有志会員によるプロジェクトチームを結成し、勉強会ゼミを連続して実施したほか、2024年9月には、日本弁護士連合会国際人権問題委員会との間で地方交流会を開催し、個人通報制度及び政府から独立した人権機関、ひいては国際人権水準の人権保障システム構築につき協議した。
当会は、先行する諸団体の取組に敬意を表すると共に、今後も一致協力しながら組織的取組を続けて参りたい。
- 5 結語
- 現下の日本における人権状況は、刑事手続、刑事施設処遇、入管収容処遇、女性差別、貧困、いじめ、ヤングケアラー、ヘイトスピーチ、ハラスメント、インターネットによる誹謗中傷等、深刻な問題が山積しており、国際人権水準の人権保障システムが整備されているとは言いがたい。
山形県を含む地方においては、急速な高齢化と人口減少が進んでいる。地域社会の形が大きく変容していく中にあって、地域の人権問題に則し、よりアクセスしやすい人権保障制度をどのように構築し維持していくかは、喫緊の課題である。
このような中、国際人権水準の人権保障を実現するため、個人通報制度を導入し、パリ原則に準拠し政府から独立した人権機関を設置することは、急務かつ必要不可欠である。
また、私たち弁護士自身も人権保障システムの担い手として、いままで以上に国際人権法の研鑽に努めなければならない。そして、市民及び有識者との対話を重ねながら、制度のありかたについて諸外国の制度をも比較して考究し、衆知を結集して、当会から国及び地方公共団体に対し、より具体的な政策提言を行いたい。
よって、当会は、政府及び国会に対し、改めて、個人通報制度の早期導入及び政府から独立した人権機関の速やかな設置を強く求めると共に、当会としても市民と協働しつつ、実現に向け、組織を挙げて積極的に取り組むことを決意し、本決議を採択するものである。
以 上