厚生労働省が本年2月5日に発表した「毎月勤労統計調査令和6年分結果速報」によると、現金給与総額(事業所規模5人以上)での実質賃金指数は、前年から0.2%の減少となり、3年連続での前年比マイナスとなった。物価上昇に労働者の賃金上昇が追いつかず、名目賃金から物価変動の影響を除いた実質賃金の上昇率はほぼゼロ状態が続いている。労働者の生活を守り、経済を活性化させるためには、大企業だけでなく中小・零細企業も含めた全ての労働者の実質賃金の上昇を実現する必要があり、そのためには最低賃金額を大きく引き上げることが何よりも重要である。
2024年度における地域別最低賃金(以下、単に「最低賃金」という。)は、全国加重平均で51円の引上げとなり、1時間当たり1055円となった。しかしながら、地域別最低賃金を決定する際の重要な考慮要素とされる労働者の生計費は、正社員を含むフルタイムの労働者(一般労働者)の所定内労働時間である152.6時間(「毎月勤労統計調査令和6年10月分結果確報」)で換算すれば、時給1500円を大きく超える結果となっている。したがって、最低賃金額がいまだ十分な額に達していないことは明らかである。
そして、最低賃金の地域間格差が依然として大きく、格差が是正されていないことも重大な問題である。山形県の最低賃金は55円の引上げとなり、1時間当たり955円となったが、955円という金額は全国で11番目に低く、全国加重平均を下回り、全国最高額である東京都の1163円とは208円もの大きな格差がある。その地域の最低賃金の高低と人口の増減には相関関係があるとされており、最低賃金の格差は、最低賃金が低い地域の人口減ひいては経済停滞の要因の一つともなっている。
この点、中央最低賃金審議会は、地域間格差を是正するためとして、AないしCの3ランクによる地域分割を前提とする目安制度を実施しており、山形県はCランクにされている。目安制度は、地域の実情に合った最低賃金額を定めるために参考とされるものであるところ、最近の調査によれば、労働者の生計費は、都市部と地方の間でほとんど差がないとされている。その背景としては、地方では、都市部に比べ住居費は低廉である反面、通勤や日常生活を行うために自動車の保有が必要で交通費が都市部よりも多額にかかることがある。それにもかかわらず、地域ごとに最低賃金を定める目安制度の合理性には疑問がある。日本弁護士連合会が発した本年4月10日付「最低賃金額の大幅な引上げ及び地域間格差の是正を求める会長声明」(以下、「日弁連声明」という)でも指摘しているとおり、下位ランクに位置づけられる地方最低賃金審議会からは目安額に対する反発が続いている。山形県においても、2018年以降、目安額を上回る引上げが行われ続けており、2023年には目安額39円に対し引上げ額が46円、2024年には目安額50円に対し引上げ額が55円となっている。これは、現行の目安制度が山形県を含む地方の実情、とりわけ深刻な物価高騰下の労働者の生活実態を十分に反映していないことの顕れにほかならない。以上から、現行の目安制度に代わる抜本的制度として、全国一律最低賃金制度の実現に向けて動き出すべきである。
他方、日本の経済を支えている中小企業が、最低賃金を引き上げても円滑に企業運営を行うことができるよう十分な支援策を講じることが必要である。
現在、国は「業務改善助成金」制度による支援を実施しており、申請件数は年間2万件程度に増加している。しかしながら、中小企業経営者からは、助成対象が生産性向上に資する設備投資等の費用に限定されていることや、助成対象経費支払後に補助金が交付されることなどへの批判が多く寄せられており、中小企業への支援策としてこれだけで十分であるとは言い難い。
例えば、社会保険料の事業主負担部分を免除・軽減すること、労務費及び原材料費等の上昇を取引価格に適正に反映させることを可能にするよう、法規制の充実と監視行政の充実などが効果的と考えられる。
政府は2024年11月22日に「国民の安心・安全と持続的な成長に向けた総合経済対策」を閣議決定し、「2020年代に全国平均1500円という高い目標の達成に向け、たゆまぬ努力を継続する」としており、これを実現するためには、毎年89円の引上げが必要で、この目標達成のためにも、充実した中小企業支援策が強く求められる。
山形県では、県、県議会、市町村、市町村議会及び産業経済団体等で構成する山形県開発推進協議会が、2020年度以降、毎年度「政府の施策等に対する提案」において最低賃金のランク制度を廃止し、全国一律の適用を行うよう求めて続けている。2024年5月に策定された2025年度の施策等に対する提案においても若者の県外流出を抑制し、県内定着を促進するため、最低賃金のランク制度を廃止して全国一律の適用を行い、賃金の地域間格差を是正するとともに、積極的な賃上げを後押しするための施策の充実と労務費への価格転嫁を推進するための機運醸成及び環境整備を求めている。
中央最低賃金審議会は、現行の目安制度が地域間格差を解消できなくなっていることを直視し、目安制度に代わる抜本的改正策として、全国一律最低賃金制度の実現に向けた提言をなすべきである。
以上のことを踏まえて、当会は、都市部との最低賃金の格差を少しでも縮小しつつ、地域経済の健全な発展を促すとともに、労働者の健康で文化的な生活の確保を図るため、山形労働局長が、山形県の地域別最低賃金の引上げを行うことを求めるものである。
2025年(令和7年)6月 2日
山形県弁護士会
会長 伊 藤 陽 介